逆進防止ブレーキを活用して車椅子を進化させる。

福祉用具サービスもんちゃん 佐藤剛氏

高齢化社会が今よりさらに進展すると、車椅子利用者が劇増することは目に見えている。もはや「自分には関係ない」とは言ってはいられない。そのような未来を見据え、福祉用具サービスもんちゃんの代表を務める佐藤氏が取り組んでいるのが、「逆進防止ブレーキ」を搭載した車椅子の推進だ。これは、車椅子を使う人たちを事故から守る画期的な装置。開発に至る背景には、自身が幼少期に患った病気により下肢装具をつけた生活を送った原体験や、産総研の研究員との出会いがあるという。

【PROFILE】
佐藤剛
株式会社福祉用具サービスもんちゃん 代表取締役
https://www.welfare-tech-monchan.com
福祉用具サービスもんちゃん 佐藤剛氏

車椅子にある根本的な問題を対処しないと事故は防げない。

“車椅子”は、疾患・疾病により歩行が困難となった方や高齢者が移動する際に用いる福祉用具である。
車椅子の出荷台数は1年間で約50万台。今後、高齢化に伴いさらに需要が増すものと考えられている。
「車椅子の利用者が増加する契機となった介護保険制度の開始から20年が経ち、車椅子は現在多くの人が使っています。しかしその一方で、その間の車椅子の進化は“利用者の身体の状態に合わせる”ことや、“手ごろな価格帯に抑えるためのコストダウン”、“利用者の嗜好を意識したデザイン性の向上”に力点が置かれ、車両としての基本機能を拡張するような進歩に乏しかったのが現状です」と代表の佐藤氏は嘆く。
車両の基本機能を向上させたものとして、電動車椅子や電動アシスト車椅子が生まれた。さらに自動で障害を避けて走行できるような車椅子も開発されている。
しかし、これらを使うには数十万円以上の導入費用がかかる。また、電源喪失の際の対応、故障したときの修理対応の難しさなど、様々な課題が残る。まだまだ、乗りたい人全員に行き渡るような福祉用具ではないのが実情である。
一方、車椅子使用中のヒヤリハットはかなり多い。例えば、介助者が車椅子を押して坂道を昇っているときに、重力に負けて介助者もろとも転倒してしまう事故。さらには、平坦な場所であっても、車椅子の駐車ブレーキをかけ忘れたまま立ち上がろうとして、手をついていた車椅子が勝手に下がってしまうことでバランスを崩し、転倒してしまう事故などが多発している。
「これを受けて、現場の職員は”介助ブレーキの操作方法”や“急こう配の解消”についての注意喚起や提案をしています。でも、どうしても事故は起きてしまう。人の不注意に左右されない本質的な対応をしないと、これらの事故は防げません」
そのため、佐藤氏が開発した車椅子は、自分の意志で前後に進もうとしたときにはスムーズに移動できるが、傾斜などによって車輪が意図せず後退させられるときだけ、車輪が自動で制動する「逆進防止ブレーキ」が内蔵されている。
もちろん、後退が一切できない車椅子を作るだけであれば、車輪に既存の機械要素を組み込むことで容易にできる。しかし、搭乗者が意図した後退まで制限されてしまうのでは便利性に欠ける。その点この車椅子は、逆進防止ブレーキがハンドリムを後方に回すことにより解除されるようになっており、搭乗者が手漕ぎで後退する場合には移動を妨げることがない。この車椅子を利用することで、“搭乗者や介助者が意図しない後退”に起因する事故の多くを解決することができる。
さぞかし複雑なメカニズムなのだろうと思ったら、仕組みは実に簡単とのこと。車椅子に歯車を応用した機構を内蔵するだけらしい。

再び歯車に関わることになるとは思わなかった。

佐藤氏は7歳の時、ペルテス病(大腿骨骨頭壊死)を発症し、7年もの間、長下肢装具を着けた生活を余儀なくされた。このことが福祉の世界を志す原体験となったという。
1994年、茨城大学工学部 機械工学科を卒業。自動車トランスミッションメーカーにて製品評価に従事するようになる。その後、小型精密モーターメーカーにてモーター応用機器の開発や、生産技術開発に従事するなど、機械エンジニアとして歩んできた。
それと同時に福祉に関わりたいと思い、NHK学園の社会福祉士養成課程で学び、社会福祉士や福祉用具専門相談員、福祉住環境コーディネーターなどの資格を取得してきた。
2016年に独立。福祉用具を扱う事業を展開する“福祉用具サービスもんちゃん”を設立。エンジニアとしての経験を活かして、福祉用具の開発から修理、回収、整備した福祉用具の中古販売などを行い、福祉用具の製品ライフサイクル全般を扱う。
「最近注力している福祉用具は、電動車椅子や電動カート、電動リフト付きの車椅子といった電動機器です。製品の修理をはじめ、中古品の販売なども行っています」
そのような佐藤氏が、逆進防止ブレーキを内蔵した車椅子の開発に取り組むようになったのは、ある人物と知り合ったことがきっかけだという。
「その方は、国立研究開発法人産業技術総合研究所の研究員です」
現在は、他分野の先端技術の研究をしているというその研究員は、10年以上前にこの逆進防止ブレーキの実用化に取り組んでいた。しかし、実用化のめどが立たない間に異動等があり、志半ばで開発から離れることとなった。
「研究員生活の中でやり残した仕事がある。逆進防止機構を内蔵した車椅子をどなたか一人でもいいから使ってもらいたいと、開発を私に託してくれました」
開発案件は、過去に数社が技術移転を受け、着手した経緯があった。が、各社とも諸事情により試作段階で止まり、上市への壁を越えられなかった経緯がある。
しかし、これまで取り組んだ数社とは異なり、佐藤氏は福祉用具の利用現場で直に営業をしている、いわば“現場をよく知っている”エンジニアで、トランスミッションや小型モーター向けの機構設計などで歯車機構の開発経験があった。
「まさか、機構設計と縁遠いこの仕事で、再び歯車を扱うことになるとは思いませんでした」
意図しない後退だけを抑制できる車椅子があればと、医療や福祉の現場では期待されてきたが、今現在、簡素な構造でこれを実現した車椅子は流通していない。この車椅子が普及すれば、起伏に富む土地に住む車椅子利用者や、段差の多い住宅で支えあって暮らすご家族は便利になる。社会的に意義あると思ったと語る。
これまでに培った歯車機構開発の経験から、逆進防止ブレーキの改善やコストダウンの道筋が分かり、自身が現場を持っているために、この車椅子の利用者像がある。これは何かのご縁だと思い、引き受けることにしたという。

不利を減らしてセーフティネットからすり抜けてしまう人を支援したい。

後退を抑制する機構は、産業技術総合研究所の技術シーズを活用しており、古くからある機械要素である“歯車“を用いて、通常の歯車の使命である”回転を伝える“という仕事とは逆の、”回転を伝えない“仕事をさせるものである。
仕組みを簡単にいうと、車椅子の車輪中央のハブと呼ばれる部位に複数の歯車が内蔵されており、傾斜等に差し掛かって車輪が後退しようとすると、これらの歯車がセルフロックと呼ばれる状態になり、回転を遮断することで車椅子の後退を抑止する。一方で、搭乗者がハンドリムで車椅子を漕ぐと、歯車は直ちに従来の回転を伝える仕事に戻る。
実は、歯車が回転伝達をしなくなることは、昔からままあることだったという。
「歯車の役割は、回転そのものや回転力を伝えること、小さな力を増幅させたり、回転速度を変化させたりすることにあります。ですから、いかに小さな歯車で大きな力を伝えるかや、回転するときに生じる音をいかに静かにするか、といった研究はされていました。しかし、回転や回転力を伝えない仕事をさせる歯車機構は研究されてこなかったんです。それは、回転を伝達できない歯車機構は一般に単純な設計ミスだからです」
そのため、そのような働きがあることは知られていても、活用するという発想には誰もならなかったらしい。
もちろん、“回転を伝達させない働き”を思い通りに取り出すことは簡単なことではなく、一定の法則性はあるものの、最終的には歯車の諸元や配列を試行錯誤して、ベストな構成にする必要がある。これには、基本特許として産総研の知財を利用し、佐藤氏らのノウハウを踏襲する形になるため、皆が真似できるというものではない。
逆進防止ブレーキは歯車を組み合わせたユニットで、車椅子の車輪部分を交換するだけで取り付けが出来る。そのための車椅子を購入する必要はない。なので安価で利用できる、というメリットがある。
「バリアフリー新法により一定の地形的なバリアは解消されつつありますが、観光地の景観保全であったり、公共施設であっても費用対効果の面から、全ての場所をバリアフリー化できるわけではありません。車椅子でなければ出歩けない人たちにとって、行けない場所はまだまだ多いのです」
車椅子で坂道を昇ろうとするのは、健常者が自らの足で上ることよりも相当にきつい。摩擦抵抗が少なく、重力に倣いやすい性格の乗り物にのったままで、重力に逆らうことになるからである。坂道の途中で後退してしまうことを恐れては、そもそも坂道は登れない。安心して観光するなど無理な話となる。
「車椅子で安心して出かけることが出来れば、行けるところが増えて、ひとつ不利が解消できます」
しかし、一定の心得のあるエンジニアであれば、ハイテクで高価な電動車椅子の開発や販売を行った方が、利益がでるのではないだろうか。
「私が福祉用具の事業で一貫して取り組んでいることは、何らかの社会的不利を抱えた方々に対して、セーフティネットの網の目が細かくなることにつながる活動をする、ということなんです。
例えば、“補装具費支給制度”を活用して行政から電動車椅子の給付を受けられる人はいます。しかし、障害の程度はスペクトルを成すものですから、そのすぐ隣には、ほぼ近しい身体的不利を抱えながらも電動車椅子に乗れない人もいるわけです。電動車椅子の修理・中古販売の活動は、この極端な段差を埋めたいと考えて取り組んでいます」

この車椅子が必要な方にぜひ乗ってもらいたい。

逆進防止ブレーキが付いた車椅子を待ち望んでいるのは、車椅子ユーザーだけではない。医療や福祉、介護の現場で働くスタッフにとってもメリットがある。車椅子でブレーキのかけ忘れでヒヤリハットを起こす人は二度三度と繰り返す可能性が高い。その人への見守り負担が軽減される。
しかし、逆進防止ブレーキが付いた車椅子が普及されるまでは時間がかかると佐藤氏はいう。
「今はまだ開発中で、まだ製造原価も高いのが現状です。国の助成金などの対象となれば安く利用してもらえますが、そのためには高い安全性を立証しなければなりません」
プロジェクトがスタートしてまだ1年半。不具合は改良し続けているものの、高齢者が使い、想定していなかった故障がもとで怪我をさせてしまう可能性もある。そのため、利用者は40~50歳代で、仮にアクシデントが起きても自力で助けを呼ぶことができ、回復力のある人に限定している。そのような方に協力してもらい、製品の信頼性を高めてより良いものにしたいと考えている。
そのため、若い車椅子利用者が多い福祉施設や、見守りの目があるご家庭などでぜひ使って欲しいという。
逆進防止ブレーキが付いた車椅子を、テストケースとして導入したいと考える個人や企業からのコンタクトを待っているとする。

逆進防止ブレーキは車椅子以外にも活用できる。

「逆回転を止めるために歯車を使うという不思議なメカニズムは、車椅子以外でも技術利用ができます」
負荷により駆動側が回されることを避けるために、電磁ブレーキなどの安全装置を設けている場合などでは、回転伝達経路のどこかに逆進防止機構を挟んでおけば、電磁ブレーキをなくすことができる。すると、電力ゼロ、制御不要で駆動部の設計が完了でき、システムがシンプルになる。
「しかし、私が『このような用途で使えるだろう』と考え、セールスに伺っても、関心がないと話は進みません。そのため、私から売り込むのではなく、必要とする人に見つけて頂く必要があるんです」
そのため、webで取材を受けたり、技術系の機関紙に論文を寄稿するなどして露出を進めているという。
具体的な話でなくともよいので、関心を持った人とコンタクトを取りたいと佐藤氏は語る。
お問い合わせは、
https://www.welfare-tech-monchan.com